485系特急「なは」


皆様、大雪の後で足元大丈夫でしょうか?

さて、今日は485系特急「なは」の話をします。
485系電車は直流と交流50・60Hzの電化区間を
自由に走行できるため「走る変電所」と呼ばれています。

特急「なは」は昭和43年に「かもめ」の鹿児島編成を
改称して大阪-西鹿児島(現:鹿児島中央)を走行しました。
当時は、キハ82系という気動車で運用されていました。
沖縄の県庁所在地の那覇からきています。

沖縄返還を願って名付けられ、大阪-小倉は宮崎行の
特急「日向」を併結していました。
「なは」は「走る領土問題」といった感じでしょう。

昭和45年に西鹿児島まで電化が完了しましたが、
非電化区間を走行する「日向」を併結していたので、
昭和48年の分離運転まで、キハ82系が使用されていました。
分離運転後は485系電車に置き換えられました。

なお、昭和47年から48年の1年間、「なは」が
日本で1番長距離を走る気動車特急であったことは
あまり知られていません。

昭和50年の山陽新幹線博多開業で「なは」は
昼行特急としての役割は終わり、同区間の
寝台電車特急(583系)として再登場しました。

平成16年の九州新幹線部分開業で熊本止まりになっても
「なは」の愛称は残り、結局平成20年に廃止になりました。

そこで、私はJR九州が新幹線の愛称募集のサイトを見て、
迷わず「なは」と書いて投票しました。なぜなら
「つばめ」は速ければいいが、
「なは」は長距離列車で
なければならないからです。

しかし、残念ながら投票の結果、「さくら」が採用され
「なは」はベスト10にも入れませんでした。
もう「なは」の愛称を使う機会は無いでしょう。

余談ですが、「富士」はリニアの愛称で使うつもりで
現在、使用されていないとされています。
今後どうなるのか、もっと年月が必要です。

最後までご覧いただきまして、
本当にありがとうございました。

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